つまらぬことに心を残すのは
つまらぬ霊界とのゑにしが残ってゐることぞ。
〜814頁〜
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心に残ってることの多いこと。
己の心が栄えるよう
心を無とする。
忘れることが出来るよう、
身魂の掃除。
精進していくこと。
早う岩戸を開いて富み栄へて下されよ、
人民富み栄えることは、
神が富み栄えることぞ。
何事もはらい清めて下されよ、
清めるとは和すことぞ、
違ふもの同志和すのがマコトの和であるぞ。
8迄と9 10とは性が違ふのぞ。
〜814頁〜
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たとえば家族でも互いがひとつの個である。
血が繋がっていても、それぞれ違う生。
まずは家族の和。
家族という和を成す事から始まる。
清めるということなのだ。
わが身をすてて、
三千世界に生きて下されよ、
わが身すてると申すことは我をすてること、
学をすてることぢや、
すてると真理がつかめて
大層な御用が出来るのであるぞ、
それぞれの言葉はあれどミコトは一つぢやと申してあろうが、
ミコトに生きて下されよ。
言葉の裏には虫がついてゐるぞ、
英語学ぶと英語の虫に、
支那語学ぶと支那語の虫に犯されがちぢや。
判らねばならんし、
中々ながら御苦労して下されよ。
〜812頁〜
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己の心が作り出す我
気付かずにそれは積み重なってゆきます
素直な心であること
身魂の洗濯掃除を
怠らず、慢心せず
進んでゆく
大難を小難にすることは出来るのであるが
無くすることは出来ん。
不足申すと不足の虫が湧くぞ、
怒ると怒りの虫ぞ。
一生懸命、
自分の信じるように、
神を少さくして自分で割り切れるように、
引きづり降ろして居るなれど、
困ったもんぢや、
長くゆったりとした気持ちで
神を求めて下されよ。
〜812頁〜
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今在ることを
幸せだということがわからないのだろうか
何事も心ひとつで
善にも悪にもなる
その心が
大難を小難にできる
正しくないものが正しい方に従はねばならんと
人民申して御座るなれど、
正とか不正とか申す平面的衣を早うぬいで下されよ。
マコトを衣として下されよ、
マコトを衣にするには心がマコトとなりなりて、
マコトの肉体とならねばならん、
カズ コト
マコトとは数ぢや、言ぢや、色ぢや、
その配列、順序、方則ぞ。
〜818頁〜
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自分が正しいと思うことを人に押し付けないように
何が正しくて、
何が正しくないのか
上っ面だけで判断しないこと
心の目でそれを見極めていくこと
頭さげて低うなって見なされよ、
必ず高い所から流れてくるぞ。
高くとまっているから流れて来んのぢゃ、
神のめぐみは水のように淡々として低くきに流れて来るぞ、
自分が自分にだまされんように心して下されよ、
善悪をきめて苦しんで御座るぞ。
世界の片端、
浜辺からいよいよが起って来たぞ、
夜明け近づいたぞ。
〜819頁〜
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善 悪
すべてはそこにある
見えるそれは表であり
裏を見ずに
決めてしまうから
苦しんでしまう
自分が正しいと思い込んでしまうことがないように
いつもそれが本当に正しいことかを
心に説いて見ること
神々様も自分のくせを直すために御苦労なさってゐるぞ、
そのために生長する。
昨日の自分であってはならんぞ。
六十の手習でとまってはならん、
死ぬまで、
死んでも手習いぢや。
〜818頁〜
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昨日の自分であってはならない
常に前に進んでゆく
人生は一生学びだということ
学ぶことに終わりはないのですね
口先ばかりで、
その場限りでうまい事申して御座るが、
それは悪の花、
心と行が伴わんからぢや、
己自身のいくさが終ってゐないからであるぞ。
そなたのもつ悪いくせを直して下されよ、
それが御神業ぢや。
〜817頁〜
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心と行が伴わないと
どこかで自分自身のバランスが崩れてきます
上手く隠しているつもりでも
それは表面に出てきます
己の心の洗濯、掃除
悪い心に気付くこと
きちんと気付いて直してゆきます
お互いおろがめよ、
おろがむと総てが自分となる、
おがむところへ集って来て弥栄ぢや。
〜818頁〜
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お互いに。
それは自分なのですね。
これまでに申しきかせても言ふこときかぬ人民多いぞ、
きく耳ないならば思ふようにやって見なされ、
グルグル廻って又はじめからぞ、
人民は神の中にゐるのであるから、
いくら頑張っても神の外には出られん。
死んでも神の中にゐるのぞ、
思ふさまやりて得心改心、
われがわれがで苦しむのも薬と申すもの。
〜818頁〜