元からの神示腹に入れた人が、
これから来る人によく話してやるのざぞ。
この道はじめは辛いなれど楽の道ぞ。
骨折らいでも素直にさへして
その日その日の仕事しておりて下されよ。
心配要らん道ぞ。
手柄立てようと思ふなよ。
勝たうと思うなよ。
生きるも死ぬるも神の心のままざぞ。
〜166頁〜
----------------------------------------
たとえ辛いことでも、乗り越えることが
心を無に、
身魂の掃除に繋がる。
歩む道を振り返れば、
それは楽の道となっている。
慢心傲慢では歩めない道。
大丈夫。
神が手伝ってくださる。
どこにどんんな事して居ても 助ける人は助けるのざぞ。
神の御用ある臣民 安心して仕事致しておりて下されよ。
火降りても槍降りてもびくともせんぞ。
心安心ぞ。
くよくよするでないぞ。
神に頼りて神祀りてまつわりておれよ。
神救ふぞ。
十一月二十九日、ひつ九のか三
〜167頁〜
----------------------------------------
嘆きは嘆きを呼ぶ。
身魂の掃除とは
何が起こっても
光を信じて行く心を持つこと。
神を信じる心。
今の臣民見て褒める様な事は皆奥知れてゐるぞ。
之が善である、
まことの遣方ぞと思ってゐる事九分九厘迄は皆悪のやり方ぞ。
今の世のやり方、
見れば判るであらうが、
上の番頭殿悪い政治すると思ってやってゐるのではないぞ。
番頭殿を悪く申すのでないぞ。
よい政治しようと思ってやってゐるのぞ。
よいと思ふ事に精出してゐるのざが、
善だと思ふ事が善ではなく、
皆悪ざから、
神の道判らんから、
身魂曇りてゐるから、
臣民困る様な政治になるのぞ。
まつこごとせなならんぞ。
わからん事も神の申す通りすれば自分でわからんこともよくなって行くのざぞ。
悪と思ってゐることに善が沢山あるのざぞ。
怖いから改心する様な事では、
戦がどうなるかと申す様な事ではまことの民ではないぞ。
世が愈々のとことんとなったから、
今に大神様迄悪く申すもの出て来るぞ。
産土様何んぞあるものかと、
悪神ばかりぞと申すもの沢山出てくるぞ。
此の世始まってない時ざから
我身我家が可愛い様では神の御用つとまらんぞ。
神の御用すれば、
道に従へば、
我身我家は心配なくなると云ふ道理判らんか。
何もかも結構な事に楽にしてやるのざから、
心配せずに判らん事も素直に云ふ事聞いて呉れよ。
子に嘘吐く親はないのざぞ。
神界の事知らん臣民は色々と申して理屈の悪魔に囚はれて申すが、
今度の愈々の仕組は臣民の知りた事ではないぞ。
神界の神々様にも判らん仕組ざから、
兎や角申さずと、
神の神示腹に入れて身魂磨いて素直に聞いて呉れよ。
それが第一等ざぞ。
此の神示は世に出てゐる人では解けん。
苦労に苦労したおちぶれた人で、
苦労に負けぬ人で気狂と云はれ、
阿呆と謂はれても神の道素直に聞く臣民でないと解けんぞ。
解いてよく噛砕いて世に出てゐる人に知らしてやりて下されよ。
苦労喜ぶ心より楽喜ぶ心高いぞ。
〜167・168頁〜
----------------------------------------
善が善ではなく、悪が悪ではない
今の時代を見極め
みな、よき世としようとしている
我善しではいけない
素直に聞ける心であること
それを考えること
疑うのではなく
曇りなき眼でみる
この神示よく読みてくれよ。
早合点してはならんぞ。
取違ひが一番怖いぞ。
どうしたらお国の為になるのぞ。
自分はどうしたら好いのぞと取次にきく人沢山出て来るなれど、
この神示読めば、
どうしたらよいのか判るのざぞ。
その人相当にとれるのぞ。
神示読んで読んで腹に入れてもう分らぬと云うことないのざぞ。
分らねば神知らすと申してあろうがな。
迷うのは神示読まぬからぞ。
腹に入れておらぬからぞ。
人が悪く思へたり、
悪くうつるのは己が曇りてゐるからぞ。
〜166頁〜
----------------------------------------
その時その時で、
神示は違うふうに感じることがあります
それは自分自身のこころが
晴れていたり曇っていたりするからなのでしょう
晴れたこころに写った神示の意味は
忘れることなく
曇ったこころに写ったものは
好(よ)き方向へと変わってゆくように
たえず身魂の掃除を
成していくことを
喜べば喜ぶ事出来るぞ、
悔めば悔む事出来るぞ、
先の取越苦労は要らんぞ、
心くばりは要るぞと申してあろがな。
〜170頁〜
----------------------------------------
「もしも」という、未だ起こってもいない心配をすることは
その心配を現実のものとしてしまうほど
思うということは強いものです
喜びの心を現実にしてゆく
そこに我れよしの心はないのです
天にもあまてらすすめ大神様、
あまてらす大神様ある様に地にも、
あまてらすすめ大神様、
あまてらす大神様あるのざぞ。
地にも月読の大神様隠れて御座るのざぞ。
素盞鳴の大神様罪穢れ祓ひて隠れて御座るのざぞ。
結構な尊い神様の御働きで、
何不自由なく暮らして居りながら、
その神様あることさへ知らぬ臣民ばかり。
これで此の世が治まると思ふか。
神々まつりて神々にまつはりて神国のまつりごといたして呉れよ。
詰まらぬ事申してゐると愈々詰らぬ事になりて来るぞ。
〜169頁〜
----------------------------------------
こうして何不自由なく生活できるのは
自分ひとりの力ではありません
それを忘れないように進んで行きたいと思います
神が道つけて楽にゆける様に
嬉し嬉しでどんな戦も切抜ける様にしてあるのに、
臣民逃げて眼塞いで、
懐手してゐるから苦しむのぞ。
我れよしと云う悪魔と学が邪魔してゐる事にまだ気付かぬか。
嬉し嬉しで暮らせるのざぞ。
〜170頁〜
----------------------------------------
戦うのは
己の中の我
悪魔という我
学という我
己の心を見ようとしないで
理解しないで
いるから
苦しくなってしまうのです
己の中の我を
慈しみ
笑顔で包むこと
コトの初め気付けて呉れよ。
いのち
夜明けたら生命神に頂いたと申してあろがな。
ひ
太陽あるうちはことごとに太陽の御用せよ。
月あるうちはことごとに月の神の御用せよ。
それがまことの臣民ぞ。
〜157頁〜
----------------------------------------
人は太陽がなくては生きてゆけません
そして月も
世の元からの仕組であるから
臣民に手柄立てさして上下揃った光の世にするのざから、
臣民見当取れんから
早よ掃除してくれと申してゐるのぞ。
国中至る所花火仕掛けしてあるのぞ。
人間の心の中にも花火が仕掛けてあるぞ。
何時その花火が破裂するか、
わからんであろがな。
掃除すれば何もかも見通しざぞ。
花火破裂する時近づいて来たぞ。
動くこと出来ん様になるのぞ。
蠟燭の火、
明るいと思ふてゐるが、
みろく
五六七の世の明るさはわからんであろが。
〜150頁〜
----------------------------------------
今にも爆破しそうな世
花火は全ての人が持っています
汚れた身魂では
その花火に火がともったことを知ることが出来ない
身魂の掃除洗濯で
見通せる心となる
お宮も壊されるぞ。
臣民も無くなるぞ。
上の人臭い飯食ふ時来るぞ。
味方同士が殺し合ふ時、
一度はあるのざぞ。
大き声で物言へん時来ると申してあろがな。
之からがいよいよざから、
その覚悟してゐて下されよ。
〜156頁〜