神の姿は総てのものに現れてゐるぞ。
道ばたの花の白きにも現われてゐるぞ。
それを一度すべてを見せて、
のみこませてくれと申しても判りはせんぞ。
判るところから、
気長に神求めよ。
〜721頁〜
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私たちの身魂の掃除洗濯が
成されているなら、
神の姿はみえるのでしょう。
神からのサインも私自信が受け取るだけの
身魂になれば、
おのずと判ってくるのでしょう。
日々精進。
大病にかかると借金してでも名医にかかるのに、
霊的大病は知らん顔でよいのか。
信仰を得て霊的に病気を治すのは、
一瞬には治らんぞ。
奇蹟的に治るとみるのは間違ひ。
迷信ぞ。
時間もいり手数もいる。
物も金もいる。
大き努力いるのであるぞ。
取違ひ多いのう。
〜717頁〜
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病気は目に見えたり、具合が悪くなったりと
気付きやすいものですが、
目に見えない霊的大病は
なかなか目には見えません
見えるものも見えないものも
そこまで悪くなるのに係った時間と同じだけ
治すのに 努力の時間がいるのでしょう。
すがってしまっては治らない
奇蹟のように見えることでも
それには大きな努力があるのだと
忘れないようにして精進してゆきます。
毎日、
一生懸命に掃除してゐても、
何処かにホコリ残るもんぢや。
まして掃除せん心にホコリつもつてゐること位、
誰にでも判つてゐるであろうが。
神示で掃除せよ。
〜717頁〜
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心のホコリは見えないから気付きません
まさかこんなにホコリが積もっているなんて
思いもしませんでした
それが積もると思っても見ないことが起こってきます。
そこで気付けたなら、
掃除をしてゆけばいい。
させていただけることに感謝です。
ありがたく神示うつさせてただきます。
ウムと申すことは、
自分をよりよく生長さすこと。
一つ生めば自分は一段と上に昇る。
この道理わかるであろうがな。
産むことによつて、
自分が平面から立体になるのであるぞ。
〜717頁〜
上にたつ程働かねばならん。
働いても力はへらん。
働くにはキ頂かねばはらん。
キから力生まれるのであるぞ。
働くと申して動くばかりでないぞ。
動かんのも働き、
動くのも働き、
よく心得よ。
よせては返し、
よせては返し生きてゐるのであるぞ。
始の始と始が違ふぞ。
後になるほどよくなるぞ。
終わりの中に始めあるぞ。
祈り、
考へ、
働きの三つ揃はねばらなん。
〜719頁〜
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疲れていても、やろうという心があれば
動くことができます
心ひとつです
家族という小さな集合の中で
親として動くこと、
動かずに子を見守ること
それぞれが心の働きです
考えることで心は減りはしません
大きく育ってゆく
それが今を生きてゆくこと
この器の身体はなくなるけれど、
心は繋がってゆく
二十二のように知らすぞ。
神の仕組、
間違ひなし。
どしどしと運べよ。
三月八日 ひつく神。
〜724頁〜
ウとムは相たがいに相反するのであるが、
これが一つになつて動く。
ウム組み組みてと、
申してあろうがな。
今の人民の智では中々解けん。
ウの中心はム、
ムの廻りはウであるぞ。
中心は無限、
周辺は有限であることを知れよ。
〜719頁〜
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ひとつ例えるのなら
私たちのこの身体は有限でありますが
この魂は無限であると。
相反するこの魂と身体とを
一つにするための
身魂の洗濯掃除
成していることはこの身体の修行のように
有限であるように見えて
それは魂の無限の精進
ほんとうにモノを見、
きき、
味はい、
消化して行かなならんぞ。
地の上にあるもの、
人間のすること、
その総ては霊界で同じことになつていると申してあろうが、
先づ霊の世界のうごき大切。
霊の食物、
霊の生活、
求める人民少いのう。
これでは、
片輪車、
いつまでたつてもドンテンドンテンじやぞ。
そのものを見、
そのものに接して下肚がグツト力こもつてくるものはよいもの、
ほんものであるぞ。
キは総てのものに流れこむもの。
信仰は理智的にも求められる、
完き情である。
真理を理解するのが早道。
確信となるぞ。
〜715・716頁〜
二十二のように知らすぞ。
神の仕組、
間違ひなし。
どしどしと運べよ。
〜724頁〜
人民は神のいれものと申してあろう。
神のヽ人間のヽと通じて居ればこそ呼吸するのぢゃ。
ヽとヽと通じて居ればそれでよいのぢゃ。
神のヽと人民のヽと通じて居るならば、
神の〇と人民の〇と同じようにしておかねばならんと申すのは、
人間の誤りやすい、
いつも間違ひ起すもとであるぞ。
神の〇と人間の〇と同じようにしておくと思うて、
三千年の誤りしでかしたのぢゃ。
ヽとヽと結んでおけば後は自由ぢゃ。
人民には人民の自由あるぞ。
神のやり方と自ら違ふところあつてもよいのぢゃ。
天の理と人の理とは同じであって違ふのざと知らしてあろう。
心得よ。
〜720頁〜