玉とは御魂ぞ、
鏡とは内に動く御力ぞ、
剣とは外に動く御力ぞ、
これを三種の神宝と申すぞ。
今は玉がなくなってゐるのぞ、
鏡と剣だけぞ、
それで世が治まると思うてゐるが、
肝腎の真中ないぞ、
それでちりちりばらばらぞ。
〜68頁〜
鏡とは内に動く御力ぞ、
剣とは外に動く御力ぞ、
これを三種の神宝と申すぞ。
今は玉がなくなってゐるのぞ、
鏡と剣だけぞ、
それで世が治まると思うてゐるが、
肝腎の真中ないぞ、
それでちりちりばらばらぞ。
〜68頁〜
まつりまつりと、
くどく申して知らしてあるが、
まつり合はしさへすれば、
うれしうれしと栄える仕組みで、
悪も善もないのぞ、
まつれば悪も善ぞ、
まつらねば善もないのぞ、
この道理分りたか、
祭典と申して神ばかり拝んでゐるやうでは何も分らんぞ。
そんな我よしでは神の臣民とは申せんぞ、
早うまつりて呉れと申すこと、
よくきき分けて呉れよ。
まつり
われがわれがと思ふてゐるのは調和 てゐぬ証拠ぞ、
鼻高となればポキンと折れると申してある道理よく分らうがな、
この御道は鼻高と取りちがひが一番邪魔になるのぞと申すのは、
まつり
慢心と取りちがひは調和の邪魔になるからぞ。
ここまでわけて申さばよく分かるであろう、
ま つ り
何事も真通理が第一ぞ。
〜 83・84頁〜