自分で自分のしてゐること判るまいがな、
神がさしてゐるのざから、
人間の頭では判らん、
仕組通りに使はれて身魂の掃除の程度に使はれて、
使ひ分けられてゐるのぢゃぞ、
早う人間心捨てて仕舞て神の申す通りに従ひて下されよ、
それがお主の徳と申すものぢゃぞ、
一家の為ぞ、
国のためぞ、
世界の民の為ざぞ、
天地の御為ざぞ。
〜503頁〜
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家族のために
人のために
この地球のために
万物の長とは神の臣民の事であるぞ、
世界の人民も皆万物の長であるが、
この世の神は臣民ぢゃぞ、
神に次いでの良き身魂(みたま)ぞ、
臣民は地(くに)の日月の神様ざぞ。
火の粉でやけどするなよ、
気付けおくぞ。
〜498頁〜
天(あめ)の岩戸ばかりでないぞ、
地(くに)の岩戸臣民の手で開かなならんぞ、
誠一つで開くのぢゃ、
誠のタチカラオの神、
誠のウズメの命殿御用結構ぞ。
ダマシタ岩戸開きでは
ダマシタ神様お出ましざぞ、
この道理判らんか、
取違ひ禁物ぞ、
生れ赤子の心になれば分るのぢゃぞ。
〜499頁〜
肉体がこの世では大切であるから
肉体を傷つけたら苦しめたら、
その守護神は、
それだけのめぐり負ふのざぞ
〜496頁〜
日本の上に立つ者に外国の教伝へて
外国魂に致したのは
今に始まった事ではないぞ、
外国の性根入れたのが岩戸閉めであるぞ、
五度ざぞ、
判りたか。
それを元に戻すのであるから今度の御用中々であるぞ、
中つ枝からの神々様には判らん事ざぞと申してあることも
ガッテン出来るであろがな。
この神示肚に入れて居ればどんなことあっても
先に知らしてあるから心配ないのざ、
ソレ出たとすぐ判るから胴すわってゐるから
何事も結構におかげ頂くのざ。
死ぬ時は死んだがよく、
遊ぶ時には遊べ遊べ、
嬉し嬉しざぞ、
〜497・498頁〜
この神示食物(くいもの)に仕様とて、
出て来る者段々にあるなれど、
皆あて外れて了ふぞ、
アテ外れて神の目的成るぞ、
役員殿ブチョウホウない様に気つけて呉れよ、
まつり結構。
〜493頁〜
これから三年の苦労ぢゃ、
一年と半年と半年と一年ぢゃ。
手合はして拝むだけでは何もならんぞ、
拝むとは御用することざぞ、
形体(かたち)だけで出来ても何もならんぞ、
拝まないのは猶よくないぞ、
神に遠ざかることぢゃ。
〜507頁〜
よくもまあ鼻高ばかりになったものぢゃなあ、
四足(よつあし)と天狗ばかりぢゃ、
まあまあやりたいだけやりて見なされ、
神は何もかもみな調べぬいて仕組みてあるのぢゃから
性来だけの事しか出来んから、
愈々となりて神にすがらなならんと云ふ事判りたら
今度こそはまこと神にすがれよ、
今度神にすがること出来んなれば万劫末代浮ばれんぞ。
〜504頁〜
話すことは放すことじゃ、
放すとつかめるぞ。
〜506頁〜
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放すとつかめる
思いを手放すこと
それは
身魂の洗濯掃除
代へ身魂いくらでもつくりあるぞ、
心して取違ひせん様に神の心早う汲みとれよ、
九の方の仕組人民には判らんから、
どうなることかと役員も心配なさるなれど仕上りうりう見て御座れ、
めったに間違ひないのぢゃぞ。
うまい口にのるでないぞ、
うまい口を今に持って来るが、
うまい口には誠ないから、
この方三千世界の御道は誠よりないと申してあろが、
真実のマコトは神示読まねば判らんのぢゃぞ。
〜491・492頁〜